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産経の「『東北で良かった』…東京の皆さんの本音ではありませんか?」は本当に良記事か?

www.sankei.com
「『東北で良かった』…東京の皆さんの本音ではありませんか?」と題した産経記事がはてなブックマークで人気になっている。コメントを見ると、批判と賞賛が混在しており、中には「産経なのに良いことが書いてある」とか「良いことが書いてあるのだから脊髄反射で批判するな」とかいったコメントも見られる。
しかし、果たしてそもそもこの記事は良い記事だろうか?
まずこの記事は次の惹句から始まる。

米国のジャーナリスト、マイケル・キンズリーは「失言とは政治家が本音を話すこと」と語っている。

おそらく、これは Michael Kinsley の"A gaffe is when a politician tells the truth"*1という言葉を指しているのだろう。2007年にタイムに寄せた記事の冒頭で、キンズリー本人は失言について、スピンと対比させた上でこう述べている。

スピンは嘘の同義語だと思われがちだが、より正確には真実への無関心を意味する。スピンを行っている政治家は彼らが真実であってほしいと望むことを語っており、その内容はたまたま正しいこともある。一方で失言は、言われているように、政治家が真実を語ることである。より正確には、彼らが意図せず自分の頭のなかで起こっていることについて真実を語ってしまうことである。失言とはスピンが失敗したときに発生するものなのだ。

Gaffes Can Be Deceiving - TIME

このタイムの記事でキンズリーは、当時大統領候補だったオバマへの人種差別的なジョークを理由にしたバイデンへの批判は行き過ぎだと疑義を呈しているが、「東北で良かった」も、産経記事が次に引用している石原慎太郎の「震災は天罰」も、スピンの失敗にしても随分とお粗末なものではないだろうか。「被災者は東北蔑視の臭いをかぎ取った」とあるが、これらの発言は被災者でなくても明確に東北を蔑視する発言として認識するものだ。

次の段の復興大臣というポストが一貫して軽視されている問題や、今村の後任である吉野正芳の国替えについての指摘は面白いが、その次の段は噴飯ものである。

日本は先の大戦で敗れ、体制を軍国主義から民主主義に百八十度転換した。オイルショックでは世界一の省エネ国にモデルチェンジする。日本人は危機に直面すると、国の形を大胆に変えて乗り切ってきた。

様々な判断を誤り無謀な戦争に突入したことこそ、日本が危機に直面しても「国の形を大胆に変えて」乗り切ることができなかった最大の具体例ではないだろうか。「体制を軍国主義から民主主義に百八十度転換した」のも100%日本人の手柄だと言いたいのだろうか?筆者は取りあえず「日本すごい」と言っておけばいいと思っているのではないか。

震災ではどうか。東京は相変わらず埋め立て開発に突き進んでいるし、下町の防火対策も進んでいない。

震災から教訓を学んでいないことの例として何かボンヤリとした表現が並んでいるが、ここで原発再稼働の問題に触れないのも露骨である。「日本は大震災時代の真っただ中にいる」というのは何か科学的な裏付けのある言葉なのだろうか?

今回の失言を政治家個人の責任で終わらせてはならない。被災地以外の国民の本音を映し出している。
東京の人に聞きたい。
あなたも「東北で良かった」と思っていませんか。

今回の失言について今村雅弘個人以外に責任があるとすれば、総理大臣の任命責任がまず問われるべきだろう。間違っても「被災地以外の国民」の問題ではない。せめて津波が来たのが原発のないところだったら良かったのにと思うことはあるが、「東北で良かった」と思ったことは少なくとも私はない。

ところで、この産経記事の構成は、おおむね次のようになっている。

  1. 今村雅弘石原慎太郎の発言は東北蔑視の本音
  2. 興大臣は軽視されてきた
  3. 東京の防災対策は進んでいない
  4. 今回の失言は被災地以外の国民の本音である

1と2は話題が連続しているのだが、その後の「日本人は危機に直面すると、国の形を大胆に変えて乗り切ってきた」をはさんでの3へのジャンプは唐突であるし、最後の4への飛躍は端的に言って意味不明である。全体の論旨は意味不明なのだが、読んでいると何箇所か興味をひく箇所があるので、なんとなく意義深い文章のように見えてくるのは巧妙だ。この記事が良記事だとは私にはどうしても思えないが、この文章自体はスピンとしてかなり良くできているということはいえるだろう。