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ちぐはぐな合作「シン・ゴジラ」(ネタバレ含)

シン・ゴジラ」について、素晴らしいシーンはいくつかあるが全体的には歪な構成だという感想を持った。以下に詳しく記すがネタバレを嫌う未鑑賞の方は鑑賞後に読むことを薦める。

この映画を3つに分けて初めの上陸を第1部、再上陸から一段落するまでを第2部、それ以降を第3部と呼ぶことにすると、第1部は災害映画、第2部は戦争映画の色が濃いとはっきり言うことができるが、第3部はジャンル不明と言うほかない。
第1部では東日本大震災を連想させるような描写が多く見られるし、逃げ惑う人々の姿も頻繁に映される。それに対応する政治家たちの姿もしつこく描かれるし、これもまた震災を連想させるような要素が強い。第2部は自衛隊・米軍とゴジラの戦いがメインで、震災を連想させるような描写は見られなくなる。政治家や民衆の描写は第1部に比べれば控えめになり、最も怪獣映画らしい仕上がりになっている。
問題なのは第3部で、巨災対の面々がゴジラの生態について解き明かすドラマ、政治家が東京への核攻撃をめぐって奮闘するドラマ、ヤシオリ作戦の準備のため人々が奔走するドラマがぐちゃぐちゃと時折プロジェクトXめいた浪花節も交えつつ同時進行する中を、石原さとみの怪演が横切るという摩訶不思議な構造になっている。それでもともかく、核攻撃のカウントダウンがサスペンス要素として機能する中、ヤシマ作戦のごとく準備の整ったヤシオリ作戦が開始するのだが、そこから映画の雰囲気がガラリと変わる。景気のいい音楽、爆発する新幹線、ビル、無人在来線爆弾、ゴジラの口にわらわらと群がる建機たち。この映画でもっとも盛り上がる場面であり見ていてとても楽しいのだが、目前に迫った核攻撃に対する不安は完全に忘れ去られる。作戦後に実は核攻撃の1時間前だったという事実が明かされるのだが、このような能天気な場面の後に言われても何も感じない。
それなりにまとまっていた第1部と第2部に比べると、第3部は政治劇とプロジェクトXと空想科学と昭和特撮をあまり調和を考えずに無理やり混ぜ込んだ結果のような印象を受ける。これはまったく根拠なく思いつきで言うのだが、総監督の庵野秀明ヤシマ作戦風の準備描写+景気のいいヤシオリ作戦の描写という大筋を描いたところに、監督の樋口真嗣が政治劇やプロジェクトX風の「がんばれ日本」要素を付け足した結果、このようなアンバランスな構成になったというのが真相なのではないだろうか。ヤシマ作戦エヴァ旧劇場版の内容を考えると、庵野の興味は大規模プロジェクトやメカ・武器類へのオタク的興味とシンジ君的な内面の問題にあっても、「がんばれ日本」的な国家的価値に関心があるとは思えないのだ。むしろこのような素朴な愛国心は、樋口が監督した「ローレライ」の作風や、震災後の節電呼びかけに際して樋口が「ヤシマ作戦ロゴ」を作ったというエピソードに近いものを感じる。
このように分けて考えたとき、私は第3部のメカ・武器類へのオタク的興味を満足させるヤシオリ作戦の様子には大変満足したが、残りのドラマ部分、特に政治劇の部分には最近のテレビやネットに見られる「日本すごい」系コンテンツの香りを感じて受け入れがたいものを感じた。このドラマ部分を指して「リアル」と形容する向きもあるようだが、科学技術を(オタクっぽい)優秀な人材が正しく運用すれば、そしてその正しい運用を(オタク以外で構成される)社会が全力でサポートすれば皆が幸せになれるという世界観は東日本大震災で我々が経験した事実とは相いれないものだ。科学技術は人類の進歩であり、その副産物である公害すら科学技術の発展で乗り越えられるという昭和の世界観は平成の、21世紀の現在には通用しないものであるし、福島の原発事故は我々は科学技術を正しく運用することすらできないという事実を示した。*1さらに言えば、福島の原発事故がもたらした最大の影響は汚染による国土の喪失であるはずなのだが、この映画は半減期が云々という話を最後に持ち出してこの問題と真面目に向き合うことを回避する。震災をゴジラに置き換えて現実を描いたというよりは、現実がこうであればいいのに、こうあってほしかったという後ろ向きな願望をむしろ強く感じる。
以上、不満を多く述べたが、メカ・武器類へのオタク的な興味を満足させる描写は多くあるし、特撮も素晴らしく平成ガメラでならした樋口の面目躍如といったところだ。蒲田を闊歩する不気味で少し間の抜けたゴジラ第2形態の姿、武蔵小杉でのゴジラへの集中砲火、都内で放射される熱線、丸の内で爆発するビルと鉄道車両、どの場面も映像的な気持ちよさ(あるいは気持ち悪さ)が最大になるよう丁寧に作られていて目が離せない。政府の手続きや自衛隊の指揮系統に対するフェティシズムを感じさせる無駄に緻密な描写も楽しい。人間の内面が描かれていないという苦言もあるようだが、シンジ君のような苦悩を抱えた人物を中心にとらえて描くような作品でもないだろう。庵野秀明には今後もヤシマ作戦的なものを楽しく作り続けてほしいし、樋口真嗣は特撮に注力してほしいというのが私の個人的な願いだ。

*1:実際に、東電電源喪失を防ぐ機会を事前に与えられていたにも関わらず「正しい」意見を無視した。 http://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/20111229/0445_suibotsu.html