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「ザ・インタビューズ」に欲望を刺激された人々が生み出すおぞましい光景

書き散らし

ザ・インタビューズ - 聞かれるなら答えます
ブログやマイクロブログSNSといったサービスはいずれも他人に関心を示されたい、自分が他人に関心を持たれていることを確認したいという人間の欲望を刺激することで人々の認知を獲得していったが、これらのサービスには致命的な欠点があった。ユーザがサービスへの投稿を行うことで得る報酬は他のユーザからもたらされる関心の証、つまりコメントや返信などの他のユーザからもたらされる反応なのであるが、これは当然のことながら報酬を得たいと願うユーザがまず投稿を行ったあとでなければ得られないようになっている。つまり、他のユーザからの反応という報酬が得られるかどうかは自らが投稿を行うまではっきりとわからないのだ。
他のユーザからの反応が得られるかどうかが確実でないということは、反応がまったく得られない可能性があるということである。多くの人は自らの行動がましてや公の場で他人に平然と無視されることに耐えがたい苦痛を覚えるものであるし、内面をさらけ出せばさらけ出すほど無視されたときの苦痛も大きくなるものであるだろうから、ブログやSNSには保身に走った無難な投稿のみを行うユーザあるいは苦痛の感覚が麻痺した一部の先鋭化したユーザしか残らなくなる。
この問題を逆転の発想で解決したのが「ザ・インタビューズ」というサービスである。ここでは他のユーザからの反応が質問という形で投稿に先立って与えられる。つまり、ブログやSNSにおいてユーザが投稿を行うことを阻んでいた他のユーザからの反応が得られるかどうかが不確実であるという問題は質問が投稿された段階で既に解決されているのである。報酬は既に確実に与えられているのであるから、質問に対する回答としてユーザは諸手を振って自己の内面を無遠慮にさらけ出した投稿を行うことが出来る。従来のブログやSNSで他者に無視されることに怯えていたユーザの心理を見事につかんだこのシステムはきわめて巧妙なものだ。
その結果として出現した光景はどのようなものであったろうか。無視されることへの恐怖というくびきから逃れた人びとはこぞって自分について語り出す。好きな食べ物、音楽、恋愛観、他愛のない過去のエピソード、およそ個人に関して言語化が可能なありとあらゆる事柄が記述の対象となる。自らに関する記述を微細化するだけでは満足できない人びとは自らのインタビューページを<インタビューらしく>するために加工済みの写真を所狭しと並べはじめ、自らに関する記述もより<インタビューらしい>文体になるよう改良を加えていく。ここでいう<インタビューらしさ>というのは雑誌などで見られる芸能人・スポーツ選手などへのインタビュー記事に似通った雰囲気というような意味である。多くの人々にとって他者からの関心を多く集める人間のロールモデルは芸能人やスポーツ選手のような種類の有名人であるのだから、他者からの反応に快感を覚える報酬系を最大限に刺激された人びとが迷いなくその模倣を始めようとするのもごく自然なことだ。
こうして「ザ・インタビューズ」はそのような無名の<有名人>の一大カタログと化した。似たような人々が似たような写真を並べた自らのインタビューページに似たような文章を書き連ねていく。無価値な質問と無価値な回答が交互に量産されていく光景はある種圧巻であると同時に滑稽であるし、質問という形式で保証された他者からの関心の表明に刺激された快楽を脇目もふらず貪る人々の姿はもはや猥褻ですらあり、私の目にはあまりにもおぞましく映る。